文書ってあったかい。[前編]

  • 2017/02/07

    talk

    柏崎順子教授 × 秋山晋吾教授
#2

古い史料の研究と聞いて、どのような印象を持つでしょうか。ただ史料を読むだけなのではと考える学生も多いことでしょう。しかしそれは全くの誤解です。今回はそんな史料の発掘、研究に魅了された教授お二人に対談していただけました。



━教授情報━


  • 柏崎順子 教授
    2003年05月~ 一橋大学法学研究科 教授
    研究領域 日本近世文学

  • 秋山晋吾 教授
    2014年04月~ 一橋大学社会学研究科 教授
    研究領域 近世・近代ハンガリー史/トランシルヴァニア史





柏崎先生

 こんにちは、柏崎と申します。所属は法学部ですが、専門は近世文学――日本の江戸時代です。でも私の場合は文学の内容というよりかは、出版の方に寄っています。

 日本は江戸時代から出版が始まりましたので、文学が出版によって世の中に広まるようになったのは江戸からなんです。ですので、それ以降の文学をやるときにはどうしても出版が絡んでくるわけです。

 他のみなさんはジャンル別に出版のことを調べて文学にどのように影響するか研究なさるのですが、私はむしろそのジャンルを超えて、出版が文学環境にどのような機能を果たしているのかという形で研究し、文学史に還元しています。

 とにかく江戸初期の出版物を徹底的に調べています。ですから、「近世出版史」とくくるのが一番わかりやすいと思います。





秋山先生

 こんにちは、秋山です。社会学部で歴史研究をしています。専門は18世紀を中心とした東ヨーロッパ、位置的には今のハンガリーやルーマニアにあたります。

 私はメジャーな歴史ではなくて、主に農村を移動する移民を研究しています。具体的には古文書を通してでしか分からない無名の人々の研究です。

 授業では、学生に対して手書きの古文書を見せて戸惑わせるという(笑) そうやって歴史というのは教科書だけで語りきれることではないし、無名の住民や農民の暮らしはそう簡単には解き明かせないんだよってことを伝えています。




東欧・日本の史料事情

(以後敬称略)


柏崎

 同じ古い史料を研究に用いているということで気になってしまうのですが……ヨーロッパでの史料の利用はどのような形で行われているのでしょう?

 日本ではいまだに――特に長野などがそうですが――各地に行くと古文書が古い家にあったりします。こういった日本と同様な形で現在も史料が利用されていたりするのですか?


秋山

 それがですね、日本の江戸時代のものとは相当対照的ではありますね。近世以降、ヨーロッパの史料は各地の文書館(アーカイブ)に集中的に収蔵することで保存・伝承されてきました。地方の住民のお宅に直接お願いするというはヨーロッパ史研究の場ではまず無いことです。


柏崎

 そのアーカイブというのは、どのようにして形成されたのですか?





秋山

 文書館の形成にはヨーロッパの「文書主義」というものが大きな影響を与えています。文書主義というのは簡単に説明すると、文書化することで初めて公式化するという考えです。

 そのため古文書は歴史的に権力と強く結びつき、王権などに付属してアーカイブが作られた経緯があります。


柏崎

 文書館の制度が権力の重要な根幹を成していたというわけなのですね。


秋山

 そうです。現在の文書館は地域ごとに成立していた権力の名残です。

 少し脱線しますが――たとえば「フランスの首都はパリ」とか、「スペインの首都はマドリード」とかありますよね。実はそれが首都として確立していく理由のひとつに、あまりにも文書が多くなりすぎてしまい王が移動できなくなったというのがあります。その結果そこに宮殿を構えて、文書も保管する必要があったのです。それまでは地方を巡回するなかで権威を植えつけていくという儀式をしていて、本来は移動するものでした。あくまで一理由ですが……。

 そういったわけで、文書を集めるのは体系的でしたし、ヨーロッパではかなり徹底しています。その代わり私たちは直接その地域の文書館に行ってでしか、現物を見ることができないのですがね。


柏崎

 そんな裏話があるのですね。そういう意味では、私たちは恵まれていると言えるかもしれませんね。私たちが研究に使う江戸の出版物の多くは現在でも市場に出回りますし、日本全国のみならず海外にも……探せばいくらでも出てくると思います。手元に持っておくことも可能です。

 ただ同じように、最近の情勢では日本の地方の蔵も次々と壊されているので、分刻みで史料がなくなりつつあるという問題も抱えています。ですがヨーロッパでは史料が整理されているというのは研究には非常に便利ですね。


秋山

 いやいや。でも、全ての文書が整理されているわけではなくて、何の史料か全く分からないままただ保存してあるものも多く、一つ一つ読み解く必要があります。それに公開されていない史料もある不自由さもあります。ただ、日本ほど史料の消失といった切迫した状況は無いかもしれませんね、ヨーロッパでは……。


柏崎

 思った以上に史料の存り方には違いがあるものですね……。




出版物そのものを研究するということとは


柏崎

 私がこのような研究をやってきた理由に「古いものが好き」というのがあります。それこそ大学生のときに、先生が江戸時代の本を持ってきて見せてくださったんですね。

 しかも書きこみがあって、それを見たときに「これは本当に江戸の人がめくって勉強して書き入れたのだ」と思うと、ものすごく感動したのを覚えています。

 それで、実態として当時の人がどのようなことをして、どのようなことを考えていたのか興味がわきました。

 ちょっと実物を持ってきたので、お見せしますね。


秋山

 実物はほとんど見たことないんですよ。


柏崎

 これらは基本的には木版画の技法で作られています。小学校でよくある版画と同じような仕組みのものです。たとえば、これは江戸初期に江戸で出版された本で、こっちは京都で出版された本 。京都と江戸で紙質の違いがあることは以前から知られていました。お分かりになれますかね。(写真左:京都版、右:江戸版)




 京都版(写真左)の方が江戸版(写真右)よりもツルツルとしてしっかりとした紙質です。


秋山

 確かに京都版(写真左)はパリッとした感じですね。


柏崎

 そうですよね。もう一つ事実として、初めに京都で出版された本のテキスト(内容)がそのまま江戸でも出版される例がある時期にだけ多数発生しているんですね。そこで不思議なことに、テキストが全く同じであるのにも関わらず江戸版は何故か京都の装丁とはまったく異なるものになっているんですよ。具体的には、京都版はページあたり10~11行であるのに対して、江戸版は15~16 行で比較的詰められていています。


秋山

 となると、江戸版と京都版はテキストは同じなのに見た目が異なるモノがあるということですか。


柏崎

 その通りです。質の高くない紙を江戸版が使用していることをコスト削減として見るならば、造本様式は変えない方がよりコストも低く済むので納得がいくのですが…。


秋山

 なぜそのままコピーしなかったのかってことですよね。


柏崎

 はい。私はその点が非常に気になりまして、その出版に関わったものを徹底的に調べた結果、京都の本のテキストが江戸でも出版されるとき、テキスト以外は挿絵も含めてすべて変えられていたことが判明しました。私は法学部ですので、それを法学的に考えたとき、「当時のテキストの所有権がどのようになっていたか」という疑問につながりました。法意識や出版研究の狭間の問題ということもあって、本当に手つかずの領域でした。

 そこで私は「テキストは物として存在しているものではない、そうした江戸になって新しく登場してきた商品の扱い方に関して、現在とは異なる所有の感覚が存在したのではないか」と考えました。

 本の形が違えばテキストが同じでも違うものとして江戸の人は見ていたのではないかと考えたんです。


秋山

 近代的な著作権の考え方との違いということですか。


柏崎

 そうです。実際、挿絵なども含めて様式を変えて本を作るのはやはり非常にコストがかかることなので……。

 同じ時代でもそっくりそのままコピーした本はありますし、京都のテキストが江戸で使用される場合は絶対に様式を変えるのに、一旦江戸に入ってしまうと様式を共有することもあることなども分かってきました。そういった所有意識の違い、あるいは本屋同士のつながりを探ったときに、発見があったのです。


秋山

 それは気になりますね。


[後編]に続く


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