文書ってあったかい。[後編]

  • 2017/02/10

    talk

    柏崎順子教授 × 秋山晋吾教授
#2

[前編]はこちらから


前編では柏崎先生が江戸の書物を物質として研究するという手法を紹介してくださいました。今回は秋山先生がまさに当時の人々の生活を解き明かす様子からです。古文書はただの記録ではありません。そこには人が生きた証、温もりがありました。それでは「古文書ってあったかい。」(後編)



━教授情報━


  • 柏崎順子 教授
    2003年05月~ 一橋大学法学研究科 教授
    研究領域 日本近世文学

  • 秋山晋吾 教授
    2014年04月~ 一橋大学社会学研究科 教授
    研究領域 近世・近代ハンガリー史/トランシルヴァニア史


古文書が歴史に厚みを持たせる


秋山

 現物ではないのですが、私も史料を持ってきたのでお見せします。

 これはよく使う史料で、出生の記録です。信徒が出生・結婚・死亡したときにキリスト教会が記録したもので、民衆の人生の一角を見られる史料ひとつです。まあ、ありふれた史料のように見えるのですが、実はこれ、見方によっては発見があります。

 この資料の地域は宗教改革で有名で、当初はプロテスタントが台頭した地域なんですね。でも、その後は信徒が減り、またカトリックが優勢になった経緯を持っています。結婚の記録のところをよく読んでみます。二行目のところの「カトリクス」……これは「夫がカトリック」という意味で、ここで突然出てきます。読み進めていきます。次の行の「カルヴィニスタ」……これは「カルヴァン派」という意味です。




柏崎

 これはつまり、妻はカルヴァン派で夫はカトリックという異宗派婚のことですか。


秋山

 その通りです。続きを読むとわかりますが、この結婚を機にカルヴァン派の妻はカトリックに改宗しています。この数行からでも当時の宗教政策が末端のどこまで影響を与えていて、さらにどのように民衆が動いていたのかが見えてくるわけです。要するに、教科書的な宗教改革がありましたという知識の延長であり、その実情が読み取れる部分です。


柏崎

 面白いですね。ただ読めばいいということではなく「気づき」が必要であるというのはこちらも同じです。


 あと私の専門が印刷物ですので気になるのですが、これ印刷ですよね?




秋山

 それがですね、全部手書きです。


柏崎

 本当ですか!? もしかしてこういった正式な書類に使われる文字のデザインが活字になっていくのですか?


秋山

 そうですね。ヨーロッパではカリグラフィーの伝統があって、活字になるときには大きな影響を与えています。


柏崎

 日本は木版画の技法なので、筆で書いたまま印刷物になります。そのためか、なかなか統一された活字になっていかないというのが特徴といえば特徴なのですが……。西洋では活字化する前からこのような統一的な字体を作る伝統があったのですね?


秋山

 そうですね。印刷のときなんかももちろん字体は工夫されていますし。




史料は検索では解けない


柏崎

 史料を見る研究の中でも特に私のように出版物を扱う際は一度印刷されたものが修正されて印刷されているなんてこともあったりしますから、物事を調べるときはそのすべてを集めて比較しないと大きなことが見えてこないということがあります。それに、史料によって留意すべき点も変わってきます。何が読み解けるかが重要ですので、そういう意味では謎解き・パズルの感覚ですよ。考古学と同じように、掘り起こされたものがいったい何であるのか解き明かしていくといいますか。


秋山

 そうですね。先ほどおっしゃっていたように、同じ本でもどこから見つかるかでだいぶ意味合いが違いますよね。文脈というか……。


柏崎

 そこで私が最近気になっているのが、調べることが苦手な学生をちらほらとお見掛けすることがあります。学生に何か調べるように課題を出すとインターネットで調べがちで、様々な手段のなかから調べる方法を選ぶ経験が少なくなっているのかなと。


秋山

 教科書に書いてあることが事実とはいいますが、それがどのような工程を経て、検証され、確立された知識であるのかとか……。そうなると、こういう古文書をただ読むだけではなく、「読み解く」ことがいかに大変な作業であるのかを知ってもらえるとうれしいですね。




史料小話


柏崎

 そういえば、この前研究室に来た学生に「先生の部屋、独特な香りがしますね」って言われてしまって。自分では古い書物の香りなんて気づかなかったので、笑ってしまいました。


秋山

 たくさんお持ちですよね(笑)


柏崎

 でも収集家って意外といるものですよ。特に、江戸で出した本は「江戸版」と呼ばれていて、紙質も挿絵も違うので結構人気があるんですよ。私もその江戸版の魅力から江戸初期の出版について調べようと思った経験があります。江戸の本はいまや世界中に所蔵されています。色々なところに見に行くんですけど、遠いところまで探していって、請求するじゃないですか。それがこの国でずっと所蔵されてきたのだと思うと、出てくるまでにものすごくワクワクしますよね。本はやっぱり書き入れがしてあることもありますし、何か自分が知らないことが出てくる可能性もあります。あるいは、ある程度こんな本あるだろうなと予測していて、まさにそんな本が出てくることもあって、そのときは異常にうれしいですね。なんかこう、恋人に会ったような感じです(笑)




秋山

 私のところも、やはり、アーカイブ(文書館)の匂いがありますね。


柏崎

 アーカイブごとに違いがあったりするのですか!?


秋山

 そうですね(笑) それこそ古い紙の、インクの匂いが混ざったような香りがあります。私たちは年に2,3回しか東欧に行けませんので、アーカイブでその香りを嗅ぐと、戻ってきたなあってなりますね(笑) まあ、すぐに古文書の写真を撮る作業に入らないといけないので、あまり感慨には浸る余裕はありませんが。


柏崎

 公で史料が管理されていて閲覧可能というのはとてもいいですね。私の分野では自分で史料を購入しなくてはならないので、そこは本当に厳しいですね。とはいえ、お金はしょうがないですね(笑)面白いことを続けてきたという気持ちのほうが強いので。本は何が出てくるかわからない、面白さの宝庫ですからね。秋山先生は実物を見て感動なさったことはおありですか?


秋山

 あります、あります。実物を見て感動したのは、たしか……たまたま法令の古文書を見ていたら、一番下にマリア・テレジアの直筆署名があったときですね。「こんな田舎で出会えるなんて!」って思いましたね(笑) 今は慣れちゃいましたけど(笑)




授業の面白さは「自分で考える」こと


秋山

 世の中の大きな問題。たとえば少子化とか、移民だとか。そういう大きな政策上の問題を、しっかり地に足をつけて分析したいと思ったとき、データ集めというのは非常に細々としていて、地道で、大変なことです。しかし、それがないと大きな話ができないこともあると思うんです。大きなものの基礎となる部分には、やはり「ひとつひとつ読み解く」作業が欠かせないということです。一見、直接は何かの役に立ちそうもないことでも、その上に成り立っているものがあるのです。


柏崎

 同じように思います。


秋山

 授業ではできるだけそういう現場を見せているつもりですが――でも学生にはやっぱり、授業で教えてもらおうとは思わないでほしいですね。知識を得るだけなら本でも十分です。それよりかは、授業のなかで気づきを作ってほしいと思いますね。「何かしら見つけてやるぞ」というような、斜に構えて聞いてもらっている方がいいかもしれないですね(笑)


柏崎

 まったく同じです。「結局どうなんですか」と着地点を聞いてしまうのではなくて、そこまでいろいろと考える過程を学んでほしいですね。「自分で考えるとはどういうことか」ということです。たしかに単純なことではないので、身に着けるのは大変なこともわかります。でも、そこが一番面白くて、そこに気づかないで卒業してしまうのはもったいと思います。古文書研究はそういう「考える喜び」を得るにはうってつけの素材ですから。そういう意味では私、まだまだワクワクしていますよ。



古文書ってあったかい。[終]