語は変化する――いまこそ世界を疑ってみよ [前編]

  • interview

    五十嵐陽介先生
#3

人間は言葉を紡ぎ、言葉によって思考します。

しかし一方で私たちは、言葉について何も知りません。

最も身近な謎に挑む五十嵐先生にとって、私たちはどんな風に見えているのでしょうか。

記事前編では言語にまつわる摩訶不思議な話をうかがい、後編では先生自身の経歴について訊ねます。





僕たちは言語を知らない

――先生は琉球語諸方言の論文を執筆されたり、そのなかで語派の再定義などを提案していらっしゃいました が、どのような研究をされているのでしょうか。

 私は「ことばと社会」といった講義を受け持っていますが、言語社会学は専門ではないんです。だから、方言といったものを相手にしたときに、社会学的なテーマを研究対象にしていないんですよ。

 そうじゃなくて、むしろ自然科学的に、自然科学を研究している研究者と同じように言語を研究していると考えてください。たとえば、生物学者はAっていう深海魚の○○目の××科の……っていうのを研究しています。この深海魚Aは、深海魚Bっていうのと系統的に近いと考えられてきた。でも、こう考えられているのは実は研究が足りていないからで、私は深海魚Cの方に近いと思っている。そういった仮説を立てて検証してみると、やっぱり深海魚Cの方に近かった。すると、いままで考えられてきた進化の過程っていうものが間違っていたことがわかって、正しくはこうだよと修正する……っていをおこなう人たち。それと同じですね。

 自然が"そうなっている"けれど、人間はそれを知らない。研究しない限りはね。人はそれを知ろうとしたり、自然を明らかにしようとしている。それに理由なんかないんですよ。知りたいから。

 人間は自然を知るためにいろいろな枠組みを作っていくんだけれど、たいていどこかが間違っているんですね。だからひとつひとつ検証していって、事実と近い形に持っていくわけですね。そういう営みがある。

 言語についてもわれわれは知っているつもりでいるけれど、実際はほとんど知らない。「コミュニケーションしよう」っていうのは意図的かもしれないけれど、こういう文法を使って、こういう構造を使って、とかを意識しないで言語を動かしている。あるいは、発音するときも舌の先を歯の裏に当てて……とか考えずに、身体が勝手に動いている。知っているようで知らない。でも、動いている以上は構造があって仕組みがある。それを明らかにしたい。知らないけれども、それを知りたいから、知りたいところに絞って、知りたいことを明らかにしている。ただそれだけのことなんですよね。


――そういった言語を扱う研究をするにあたって、どういうところが難しいでしょうか。

 方言に関して言うと、いま方言を使う人はたいてい方言と標準語の両方を使えるので、どっちがどっちかをしっかり使い分けている人が少なくて、単純な質問をするとどっちつかずの答えが返って来たり、標準語が返って来たり、標準語に影響を受けた形で返って来たりすることがあります。自分が聞きたいものをしっかりと聞くことが難しいです。


――知りたい対象だけを抽出するのが難しいということですね。

 そうですね。あなたはどちら出身なんですか?


――埼玉県の南にある、狭山という地域です。だから、東京に近いのもあって、方言は少ないかもしれません。

 そういった地域でも、標準語の影響を受けていない純粋なものを抽出すると、標準語とは違っているなと思えるような体系が出てくると思います。


――地理的には東京と近くても、そうした体系が見られるのですか?

 そうですね。それこそ、国立付近の土着の言葉も標準語とは違っているはずです。


――地理的な距離に関係なく方言が生まれるというのは、その地域の特色が反映されているからなのでしょうか。

 基本は、その言葉を使っている共同体があって、相手と自分とを分けて考えるような習慣がある場合、言葉が違ってくることがあるんですよ。東京と狭山とか、あるいは東京と国立よりも、もっと地理的に近い話もあります。





道を渡れば言葉が違う?

 私が調査でよく行っている宮古島なんかは、集落ごとに言葉が違っているんですよ。地元の人がそんなことを言うから、「またまた」と思うんですけど。この研究に入る前は、村ごとに言葉が違うなんて俗説だと思っていたんですが、そんなことはなくて。本当に集落間で言葉が違うんですよ。で、そういうことを聞くと、私たちはそれらの間に大きな川があるとか、山があるとか――そういう地理的な隔たりがあるから、それゆえに交流がないからだろうと思ってしまうんです。けれど、これも違います。宮古島は川もないし、大きな山もないんですよ。ということは、集落の境界っていうのは人為的なもので、せいぜい道がある程度。道は簡単に渡れますし、すぐ行けるような距離なんですよ。それでも、言葉がずいぶん違う。付き合いももちろんあって、会ったら挨拶するし、仕事するときはするんだけど、でも彼らと違うっていう意識があるんですよね。


――自分の共同体を意識するまでに至る過程はどういったものなんでしょうか。

 いろいろあります。たとえば、私がお世話になっている集落はかなり明確に分かっているんですけれど、この集落は数世代前に少し離れた島から移住してきた人々が開拓して出来たものなんですよ。その集落の人々はそういうアイデンティティを強く持っていて、先祖の故郷は離島にあって、自分たちは移り住んできた先祖の子孫なんだという意識が強いんです。で、この集団は独自のものだという意識を出来るだけ守ろうとしてきた。どこかでこういうルーツ意識が働いて、他の共同体とは違うっていう考え方が生まれるんですね。


――現在そこに住んでいる人々も、自分たちは移民の子孫であることを知っているんですか。

 知っています。知っていますし、その地域だけの宗教的な行事もあります。それを未だに守り続けていますが、若い人たちはほとんどそれを継承していないし、その集落の言葉も分からないです。


――それは若い人たちが継承を拒んでいるのですか?

 彼らの親が継承しません。子供が拒否するのもあるかもしれませんが。


――アイデンティティを守ろうと考えると、子供に口承で伝えていくのが手段として考えられると思うのですが。

 「将来のことを考えたとき、マジョリティに使われている言葉を」というのがやはり一番大きいと思います。あとは、別の島とか別の出身地の人と結婚することがあるので、そうした人々は標準語を話します。ある程度離れた集落出身の人とは言葉が違いますから、互いの共通語としていわゆる標準語を使うことは避けられないかなと。



[後編]に続く


[後編]はこちらへ




━教授情報━

五十嵐 陽介(いがらし ようすけ)

2001年 東京外国語大学 外国語学部 ロシア東欧課程ロシア科 卒業

2005年 東京外国語大学大学院 地域文化研究科 博士号取得

広島大学大学院文学研究科准教授を経て、2015年より一橋大学社会学部准教授を務める

主な学部開講科目は「ことばと社会」