語は変化する――いまこそ世界を疑ってみよ [後編]

  • interview

    五十嵐陽介先生
#3

[前編]はこちらから


言語についての不思議な話をうかがった前編に引き続き、後編はより深いお話と先生の経歴について伺います。言語を研究する五十嵐先生は、一橋生をどう見ているのでしょうか。





言語は進化する

――なるほど。では、先ほどの例では集落ごとに言語が違うのは移民という歴史が影響していましたが、そういう「何があったのか」を調べるにはどういうアプローチがあるのでしょうか。

 いま一番興味を持っているのはそれなんですよ。歴史言語学という分野です。

 「○○という言語は△△という言語の影響がある」と表現されますよね。この「影響」って言葉、とてもぼんやりしているんですよ。これを紐解いていくと、おもしろいことがわかります。

 ある地方Aと地方Bがあって、そこで方言aと方言bが話されているとします。これらはちょっとずつ違うけれども、なんらかの共通性があるとします。これを発見したとき、何があったと思いますか?


――「もともとは同じだった」可能性が考えられます。

 そうですね。では次に、集落Cの方言cというものを考えて、これも方言aや方言bと同じルーツだったとします。方言a, b, cのすべてが、もともとは同一だったということです。でも、そうした過去があるなかで、方言aと方言bだけが似ていて、方言cとは似ていない。この状況は何があったと考えますか?


――「集落Aが集落Bを侵略して影響を与えた。一方、集落Cはされなかった」などが考えられます。

 侵略じゃなくてもいいんですが、そうですね。方言aから方言bへの影響があった、これを言語学的には「借用」といいます。方言aでしか使われない言葉があったけれど、集落Aと集落Bが接触することによって、方言bがそれを取り入れた、ということです。これはちょうど、私たち日本人が「ペットボトル」という言葉を使うのと同じことです。

 これはあまりおもしろくない影響なんですよ。同じ特徴を共有しているというのは、大きく分けて3つの可能性があります。

 ひとつは、「借用」。いま述べたものですね。次に、「もともと同じだったから、その古い特徴を互いに残している」というもの。ここまでは容易に想像できると思います。最後が、「ある時点で突然生まれた特徴を、お互いに残している」というものです。これが一番重要なものです。


――具体的にはどういったことでしょうか。

 具体例の前に、なぜこのロジックが成り立つかを説明しましょう。生物学では「突然変異」という変化があります。祖先が持っていなかった特徴を、その子孫が突然持つようになるというものです。突然変異が起こって、その種族がこのまま続くとすれば、その子孫たちは突然変異で有した特徴をずっと継承していくんですね。ということは、その子孫たちは突然変異が起こった時点から、そのマーカーをずっと持ち続ける。これにより共通祖先に遡れるわけです。同時に、この特徴を持っていない他のいろいろな生物とは、突然変異の時点で分かれるわけです。こういうことが言語でも起こります。

 フランス語やスペイン語などが属するインド・ヨーロッパ語族というものがあります。彼らの共通祖先は「足」とか「父」という意味の言葉を「P」で始まる単語で表していました。だからインド・ヨーロッパ語族では、「足」とか「父」の単語はたいてい「P」で始まっているんですよ。ですが、あるグループだけ「P」を「F」に変えてしまったんです。そのグループがいまのドイツ語や英語が属するゲルマン語派で、みなさんが習う「foot」とか「father」とかはそれなんですよ。つまり、インド・ヨーロッパ語族と呼ばれる共通祖先からゲルマン語派が分かれるときに変化が起こって、それ以降もドイツ語や英語に分化していくけれど、彼らは共通の「F」という特徴を有しているということです。


――音ではなく、アクセントも継承されてきたものなのでしょうか?

 そうですね。これもびっくりするほど祖先からの継承です。

 日本語のアクセントに関しては、共通祖先の特徴を不完全に継承した結果であることが分かっています。また琉球のアクセントを調べると、これも共通祖先に遡れます。アクセントって不安定な特徴のように思えるけれど、あんな遠くの島々まで伝わっていて、共通祖先であったことを教えてくれるんですね。

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――そう考えると神秘的ですね。

 神秘的です。こういうのをやっていると、ちょっと神秘性みたいのを感じるんですよね。で、ワクワクして調べてみる。そして達成して、やったーとか言ったあと、すっごくつまらなくなる(笑)

 でも、それって科学の営みですよね。神秘性を感じる対象のベールを剥ぐと、僕らは「わかる」。で、わかっちゃうとみんなが共有できる知識になるから、つまらなくなる。でも、まだまだわからないことがある。これが純粋に楽しいですね。

 自然科学をおもしろいと思う人だったら理解してもらえると思うんですけど、「なぜそれをやるんですか」とか「なんの意義があるんですか」とか言われたときに、困っちゃうんです。わからないことがあるんです、たくさん。で、それを知りたいと思う。知りたいと思うから、それが楽しいから研究する。それだけのことです。あまりこういうこと言うと、そんな楽しみのために税金を使うなとか言われちゃうかもしれないんだけど、だったらクビにしてください(笑)





「それが楽しかった」

――では、先生自身の経歴についてうかがいたいと思います。いま研究者をなさっている先生は、どんな学生だったのでしょうか。

 大学に入る前から外国語が好きだったんですね。だからどういう大学に行こうかなと考えて、東京外国語大学に入った。外国語の勉強ばかりさせる大学で、僕はそれが好きだったから、そういった意味では授業が楽しかったですね。特に、先生が時折見せる知識のカケラみたいのを垣間見ると、「あ、この人よく知っているんだな」って感じて、ワクワクしていましたね。


――中高時代に外国語が好きになったきっかけはなんですか。

 いつからなんだろう……。中学生のときの修学旅行で、みんな京都・奈良に行くはずなのに、先生たちが気を遣ったのか、いつかそこには行くだろうからってことで東北に連れていかれたことがあるんですね。東北の農家で体験農業とかやっていたんですけど、東北弁がキツイのを聞いておもしろいなって思ったのがきっかけだったかもしれないし。あるいは、中国残留邦人をテーマにしたドラマのなかで、小さい男の子が中国語を喋っているのを聞いて、中国語をやりたいなって思ったのもありますし。あと、『3×3 EYES』ってマンガがあって、お姉ちゃんが買ってきたのを読んでいたんですけど、そのなかで出てくる中国語を見て、勉強してみたいなって思っていました。それで買った中国語の教科書に出てくる発音記号、これが音声学との出会いです。特に外国人の友達がいたというわけでないんですけど、外国とか外国語には中学時代から興味がありましたね。その後、学部3年のときにモスクワに留学して、音声学の大家に出会って……という感じです。発音の練習を受け持ってくれたんですが、それが楽しかったんです。


――なぜ研究の道に入ることを決めたのでしょうか。

 本当は就職しようと思っていたんです。世の中の役に立ちたいとも考えていましたから。留学を終えたら就活しようと考えていたんですけど。なんででしょう……たぶん、縁なんじゃないですかね。ぜんぜん就活に身が入らなかった。

 それまでにも研究者をやってみたいなと思っていたんです。でも、狭き門だろうし、なったからといってどうなるかもわからないから、怖いじゃないですか。だから就職しようとしていたんですけど……。おそらく、心の中では研究者になろうとしていたのを抑圧していたんでしょうね。だから、就活だってなったときに、やろうと思えなかった。

 いま思い出すと、4年のゼミもきっかけです。他の人の発表に対して、僕がケチをつけていたんです。こういうことですかって。で、ゼミが終わったあと「君はセンスがあるから、院に行きたいと思っているなら行くといい」と先生に言われて、やる気が出たという感じです。


世の中は問いに溢れている

――そのようななか、大学生のうちにやってよかったと思うことは何ですか?

 やっぱり海外に出ておいてよかったなと思います。外国っていうものを肌で感じることですね。

 みんな海外行きたがるじゃないですか。でも、僕は行きたくないんですよ。怖いじゃないですか(笑) けれど勇気を出して行ってみると、たいしたことない。

 若いときは心がみずみずしいから、いろいろなものを受け入れられるし、感動できるし。価値観が凝り固まっていないから、寛容だし……。もちろん、その分だけ思い悩むでしょうけれど、そういった経験も若いうちしか出来ないですからね。やっぱりいろいろな人たちがいますし、友達にもなれますから。

 あとで行けばいいやっていうのは無理だと思う。研究で行くことは出来るかもしれないけど、ナマの文化のなかに入っていくっていうのは若いうちじゃないと出来ません。信じられないかもしれないけど、人間ってどんどん変わっていくんですよ。僕も二十代のころ、このままいくんだと思っていましたが、そんなことはありませんでした。時代ごとにやりやすいことやりにくいことがあるので、そのときに出来ることをやっておくといいと思います。


――最後に、五十嵐先生が講義において学生に対して伝えたいことや、知ってほしいことはありますか。

 そうですねえ。私はもともと外国語学部っていうのに属していて、前の広島大学では文学部で教えていたから、自分自身はどんどん浮世離れした感覚があるのですが――一橋大学は、浮世の香りがする。

 「意識高い系」って言葉もありますが――「どうやったら社会で求められている人材になるか」をみんな考えている。もちろん、これはものすごく大切なことです。でも、大学生は「その社会っていうのはなにか」を考えなくてはならないんです。たぶんみんなにとって、〈社会〉って第一義的には〈企業〉のことを指していると思います。でも、綺麗事かもしれませんが、それでいいのかなと感じます。

 周りの人間から認められたいとか、期待に応えたいとか。そういった気持ちって私にもあるんですよ。でも、そのためだけに自分が生きていくっていうのは、あまりにもつらいんじゃないかなと。お金を貰えるんだから仕方ないっていうのもわかりますが、それでもちょっと働きすぎですよね。あまりにも自分の時間や生活を費やし過ぎじゃないかなと。

 どう生きても楽な人生はないんですけど、それなら少しでも自分や自分の守るべき存在のためになるような生き方をしたいって思うじゃないですか。そのために、より豊かな生き方をするためにと考えたら、ちょっと違う答えが出てくるんじゃないかなと思うんですよね。

 世の中、問いに溢れているんです。まだ答えがない問いに。それに気づいて、いろいろ考えて答えを出そうとする。これってとても楽しいことなんです。その楽しみさえも捨ててしまって、「世の中ってこういうものだ」という強い人たちが作った観念に縛られて、カッコつきの〈社会〉の軸になるよりは、「実はこの枠組みは違っていたんじゃないか、こうなっているんじゃないか」――そういう疑問を持ちながら、それに答えていく生き方の方が楽しいと思うんです。その訓練をするための猶予を4年間与えられているとするならば、存分に疑問を感じて、それに答えを出そうとしてほしいです。

 他の世界を知らずに〈社会〉に出て、もしそこで行き詰ったとき、苦しいと思うから。そこで「自分らしさ」というものを見つめなおしても、遅いかもしれないから。そういうことを考える特権を与えられているのがみなさんなので、そんな大学生活を送ってほしいですね。



言語は変化する――いまこそ世界を疑ってみよ [終]





━教授情報━

五十嵐 陽介(いがらし ようすけ)

2001年 東京外国語大学 外国語学部 ロシア東欧課程ロシア科 卒業

2005年 東京外国語大学大学院 地域文化研究科 博士号取得

広島大学大学院文学研究科准教授を経て、2015年より一橋大学社会学部准教授を務める

主な学部開講科目は「ことばと社会」