識はもう"学ぶ"ものじゃない [後編]

  • interview

    猪飼周平教授
#1

[前編]はこちらから


前編では、猪飼先生の研究への取り組み方、授業やゼミナールなど大学の講義との付き合い方をお聞きしました。どの項でも「知識を生み出す」ことへの先生の一貫した姿勢が伺えます。後編では、さらに発展させて、先生が研究者になった所以や一橋生の時間の使い方についての濃密なお話をお伝えします。





一億円の研究!?

――どうして研究者の道に?


 野村総研に内定もらっていたんだよね、それで就職するか大学院に進むか、どうしよっかなーって感じだったんだけど。


 研究者にならないんだったら、めちゃくちゃお金を儲けたいと思っていたわけ。40歳くらいまでにめちゃくちゃ稼いで、引退して、南の島で暮らすっていうことを考えていたんだけど(笑)


 ある程度上手くいって、外資に引っぱられて、年収5,000万とか1億とかになって何年か働いて、それで離脱すると(笑) だけど、40歳でやめることは難しい、50歳ぐらいまでやらないといけないことがだんだんわかってきた。でも、50歳からやりなおすって言っても、だいぶ人生使っちゃったなみたいになるから。


 それだったら最初から好きなことをやった方がいいんじゃねと考えなおして、大学院に行くことにしたんですよ。


 だから、僕の年収は1億だった可能性があるわけ。機会費用ね(笑) 僕は年間1億くらいの値打ちのある研究をしていないと、研究者としての人生を選んだのが失敗だってわけ(笑)


 だから、よっぽど面白いことを知らなきゃいけないプレッシャーがかかっている(笑)



カルチャーショックは問いを強制する

―― 一橋生への助言を頂けますか?


 大学生になると、一人でいる時間も結構ある。

 一人でいる時間を予定で埋めないこと。予定で埋めたら考えないから。忙しくしたらダメ(笑)君らは、事務的に問題を処理するのがものすごく得意な集団だから、得意なことをただやっているだけ。それ自体は進歩も発展もしていない。


 それはそれで大事なことかもしれないけどね。その場合は、いい中間管理職になってください(笑) ただ、長期的には全部AIに置き換わっていくから。君らいらなくなるかもよ(笑)


 忙しくしていると、君らはどうしてもそういうモードになる。


 基本的には、「自分の時間だ」って思えるような4年間を過ごしたほうがいい。


 散歩していたっていいわけ、その時に。目的地に向かってまっすぐ歩いているだけじゃ、大事なものって気がつかない。道がただの通路にすぎなくなっちゃうから。


 そうじゃない心の構えでこの世界と接する時間を持つことが、たぶん大事なこと。


 特に文系なんで、暇なんだよ(笑) それをすごく大事にした方がいい。


 僕はその方がクリエイティブだと思う。


 あとはまあ、外国に行くのは面白いから行ったらいい。


 サークル活動をしていると、行かない理由が積みあがるんだよ。だけど、そんなのどうでもいいから。卒業したら、「あのとき、なんであんなにサークル頑張っていたんだろう」って理由が思い出せなくなるはず(笑) もちろん一生懸命やったらいいんだけど、それだけじゃない。


 知識を生み出す観点からすると、違う文化に触れることの意味はものすごく大きい。カルチャーショックは問いを強制するから。


 たとえば、外国に行って空港バス乗ったりするんだけど、はじめて空港バスに乗ったときはすごくびっくりしたんですよね。というのは、運転がめちゃくちゃ荒いんだよ。ぐわーって(笑)


 でももっと驚いたのは、僕以外に驚いている人が誰もいなかったこと。つまり、そういうものだってみんなわかって乗っていたんだよ。


 こういう経験を持って日本に帰ってきたとき、日本のバス運転手って、路上で一番安全に運転する人だよね。もしそうじゃない運転手がいたら、「運転手のくせになんだ!」ってみんな怒るんだよ。でも逆にね、「じゃあなんで日本の運転手はこんなに丁寧に運転しなきゃいけないんだろう?」という問いが生まれるわけ。これが研究的な問いなんだよ。この問いは、そうじゃない社会に触れて初めてわかること。社会科学の最高の武器は「比較」なんだよ。比較して、初めてわかる。


 いまの問いなんかすごく本質的でね。「我々の社会において、秩序に対しどんな要請が働いているのか」。


 福知山線の脱線事故があったときに、安全装置が運転手の乱暴な運転を止められなかったことがすごく問題になった。でも、イギリスとかアメリカだったら賠償金払って終わりです。また起こるかもしれないけど、いいの。安全対策をするより、賠償金の方が安いの。


 経営の合理性から考えたら、事故は起こったほうがいい。実際、この世界の多くはそういうレベルで動いているはず。


 だけど、なぜか日本だけそうならない。そのことが素晴らしいこともあるだろう。だけど、その窮屈さゆえに、我々の社会の大事なものが阻害されているかもしれない。空港バスに乗ることで、そういう問題の所在がすべて明らかになるかもしれないんだよ!





ここでしか守れない価値

――ご自身の専門については、どう思われていますか?


 政策学の領域は、研究が面白くて、出てきたものが世の中の役に立つ。二度おいしいを狙うので、難しい学問ではある。


 いまはだいぶ世知辛くなって、役に立たない学問はやめさせろみたいな、お金は給付しないみたいな方向が、だいぶはっきりしてきている。


 僕の分野みたいなのは、比較的役立ちやすい。


 だから、役立つ学問が役立たない学問を支えなきゃならない。それも含めて「学問」だから。


 一方で、僕という研究者は、一見役に立たない膨大な蓄積に支えられていたりもする。そこのところは、学問やったことない人はわからないんだよ。大学っていうのは、そういうのを守る防波堤として存在してきたんだけど、もともと研究している人が少ないじゃない。だから、そういうのは、研究をしている人が多い大学でしか守れない価値なんだよね。





 質問の合間に、「君らに伝えたいことはたくさんあるんだ。」と小さく仰っていたのが印象的でした。教えてもらうことにどっぷり漬かったわたしたちが、自分で新しい知識を生み出すという真新しい体験を面白がれるかどうかが、きっと大学の大学らしさを垣間見られるかのポイントなのだと思います。猪飼先生の話しぶりは、「なにか面白いことが研究の世界にあるのかな」と、そう感じさせてくれました。


知識はもう"学ぶ"ものじゃない [終]



━教授情報━

猪飼 周平(いかい しゅうへい)

1994年に東京大学経済学部を卒業。

2007年から一橋大学社会学研究科准教授を務める

主な学部開講科目は 生活保障論 ヘルスケア政策 など